展覧会によせて
春先、まだ蕾のままの白木蓮を見に彼女と二人で歩いた。
一様に同じ方向を向くと聞いていたその花が、おおよそ北の方角を示すことを確認し、また手のひらのコンパスを眺めながら歩いた。
恋人と二人で歩く時間のうちの30分を東西南北の基準に沿いながら歩き、その記録をとる。吾郷の《Date》(2017年)は、そうして集まった24時間分の記録から起こした線を一枚の布の上に、再び一人でその足跡を辿るように縫い重ねたものである。彼女は、自ら決めた制限のもとに、ある線を追い続ける。彼女が「輪郭線」と呼ぶ、それは自己と他者の間を規定する目に見えない境界線のようなものである。他者が設定する自身のイメージと、そのイメージに沿って規定される「私」。または、他者からのイメージを規定するために自ら設定する「私」。自己と他者の間を規定し、また規定されることで常にゆれ動く境界線を彼女は記録し続けようとする。
本展では、吾郷の追い続けている、その「輪郭線」の在りかを垣間見ることができる。
画像検索で出てくる自身と似ているらしい人たちの像を連ねた《our potrait》(2014年)、友達から貰った自分に似合うであろうプレゼントを描いた《profile》(2015年)、自分だけの場所である部屋とその外に出るために必要なアクセサリーを描いた《room》(2015年)、鏡に映る自分の姿をなぞり続ける《selfie》(2016年)。他者によって引かれた「輪郭線」をなぞることで、自身の輪郭を認識するための作品。または、自身にとって特別な歌詞を認識できる際まで描き綴った《Lyric 1》(2013年)、その時々の個人的な出来事を鏡面塗装によって描いた《view》シリーズ(2017年)、そして前述した《Date》のように、「私」が引いた、「私」にとって大事なものたちの「輪郭線」を再取得するための作品。
「私」と他者の間でせめぎ合う二つの「輪郭線」の重なりを探すかのように、彼女は現れては消える、その線を追い続ける。既製品の布を塗りつぶし輪郭を抽出した《addiction》(2014年)に顕著なように、彼女はその「輪郭線」を手に入れるために、集積し、平均化する。観るものにとっては、ある意味で「私」とも「他者」とも離れた存在に見える。しかし、何度も写し取られ、重ねられ、時に歪みをもって一つの画面の中に残されたその痕跡は、吾郷にとって「私」と「他者」の「輪郭線」が、その僅かな一瞬だけでも重なった痕跡なのである。「私」と「他者」、二つの異なる方位を示すコンパスが重なり合った場所で、彼女はまた記録を取る。その場所を忘れないために、いつかまた重なりあう時を待つために。
2017.10.3 本田 耕人 (個展「花とコンパス」展覧会テキストより)